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2019年06月11日

祖母

 5月31日祖母が亡くなりました。95歳と10ヶ月でした。
 父が8年前に67歳でなくなり、祖父もその2年後に亡くなっていたので早くお迎えが来ないかといつもブツブツ言っていました。
ほぼ96歳まで生きたので天寿を全うしたと言えると思います。

 ただ、本人が希望通りに旅立てたとしても、残された方にはやはり大きな喪失感が残ります。身内だけの葬儀が終わるまではバタバタと忙しく、悲しさに押しつぶされることもなかったのですが、葬儀の翌日に出社するとBGMで少し寂しくなるメロディが流れただけで涙腺が緩んでしまう自分がいました。

 私と祖母の干支は同じ亥でした。私は48歳、祖母は96歳ですのでちょうど私の今の年齢で初孫を授かりおばあちゃんになったことになります。私の息子は高校3年生なのでまだ孫ができた自分を想像できませんが、まだまだ父親がわりとなって元気に遊んであげれそうな気がします。
実際、祖母は小さかった私をあちこちに連れていってくれました。

 大阪狭山市(当時は狭山町)という私が育った町はニュータウンでまだまだ空き地が多く、たくさんの緑に囲まれていました。自然の中でのんびり過ごす日々の私を祖母は難波に連れ出してくれました。当時の私にとって難波は巨大なビルがそびえ立つコンクリートジャングルであり、高島屋のデパートでは大勢の買い物客が並んでおり、あまりの人の多さに酔ってしまうほどでした。

 祖母は幼かった私に新しい世界を見せてくれると同時に、躾という形で生きていくために必要な礼儀をたくさん教えてくれました。大正生まれの価値観で仕込まれたので小学校の頃は「年寄り臭い」と言われたこともありましたが、社会に出てからは、祖母に仕込まれた礼儀によって大いに助けられていると思います。

 肉親の死は、なぜ自分がここにいるのか、自分はどんな存在なのかを改めて見つめ直す機会になるのではないでしょうか。葬儀では昔の懐かしい写真を集めて動画を流しました。その中には1952年の創業当時と思われる懐かしい写真もありました。父8歳、祖父母29歳の頃です。
この3人がいなければ自分は生まれてこなかったのだなと改めて思いました。

 向こうには父と祖父が先に行って待ってくれていますので寂しくないのが何よりです。今回の祖母の死はお別れでなく、父と祖父の元へ送ってあげることだと個人的には思っています。
 

 自分に命を授けてくれたこと、大人になるまで育ててくれたこと、そして死ぬまで愛してくれたことに感謝してここで改めてお見送りの言葉を伝えたいと思います。

「ありがとう、いってらっしゃい」